団体貸出



「ぼくのねえちゃん」
田邉 和代

 

 「どんぐりころころ どんぶらりん……」
  公園の中からちょうしはずれの歌が聞こえる。
  「あ、ねえちゃんだ」
  ぼくはあわててみをかくす。
  「お、どんぶらりんがおる。また歌ってるぞ」
  「中一なのに字も読めないし計算もできないって」
  ぼくは耳をふさぐとその場をにげた。

 「おねえちゃんおそいわね。どこに行ったのかしら?」
  お母さんが心ぱいそうに外を見ながら言った。
  「三ちょう目公園にいたで」
  「見たの? それなら、いっしょに帰って来たらいいのに」
  「え、だって……」
  「はずかしい」と言うことばをのみこんだ。お母さんはねえちゃんをむかえに出て行った。ねえちゃんはべん強がぜんぜん出来ない。言うことやることも小さい子どもみたいだ。いつも大きな声で歌をうたっている。それも同じ歌をくりかえし、まちがった歌詞で。それで、みなから「どんぶらりん」とよばれている。スクールバスで遠くの学校に行っている。だから、友だちは「どんぶらりん」がぼくのねえちゃんとは知らない。ぜったいに知られたくはない。

 ぼくはひっしでなみだをこらえていた。ぜんしんドロまみれだ。それにくさい。スケボーのれんしゅうをしていてどぶ川につっこんだのだ。たん生日に買ってもらったスケボー。上手にすべるところをみせたくてこっそり一人でれんしゅうしていた。道行く人がチラチラと見る。わらっている気がする。本当にかっこわるい。
  「ユウ?」
  きゅうに名前をよばれ、びっくりした。ふりかえると、ねえちゃんが立っていた。
  「ユウ? まっくろ。どうしたの?」
  ためらうことなくまっ直ぐに走って来た。
  「ユウ、きれい、きれい。ユウ、きれい」
  そう言うと、自分のふくのすそでぼくの顔をふきはじめた。
  「いいよ。ねえちゃんもよごれるよ」
  だが、ねえちゃんはやめようとしない。おかまいなしに、一生けんめいにぼくをふく。
  「ユウ、いたい? いたいのとんでいけ」
  すりきずを見つけるとよりやさしくふいた。ねえちゃんはぼくのどろで黒くなった。顔にもどろがつき、ひげがはえたみたいだ。ひげのはえた顔でにっこりとわらった。
  「ユウ、だいじょうぶ。もう、だいじょうぶ」
  ぼくはなき出しそうだ。かっこわるいからじゃない。ねえちゃんのやさしさに。そう、ねえちゃんはいつもやさしい。花がすきで、どうぶつがすきで、歌がすき。そして、人がすき。そんなねえちゃんを「はずかしい」と思いだしたのはいつから、どうしてだっただろう? あんなにすきだったのに。まわりの目が気になりだしてから……。お母さんが言っていた。「だれにでも、出来ることと出来ないこと。他人と少しちがっていたりすることがある。それが個性よ。おねえちゃんは普通の人より少し個性が強いだけよ」って。それでも、ぼくはいやだった。ねえちゃんが。「どんぶらりん」がぼくのねえちゃんだと知られるのが。こんなに、こんなに、やさしくて、ぼくのことをあいしてくれているのに……。人と同じじゃないことはけっしてはずかしいことじゃないのに……。
  「ユウ、ねえちゃ、それもつ」
  ねえちゃんはスケボーをかた方の手にもつと、もうかた方の手でぼくの手を強くにぎった。
  「おうち、かえろ」
  「うん」
  手をつなぎ家にむかう。歌をうたいながら。
  「どんぐりころころ どんぶらりん ど…」
  前からやって来た三台の自てん車がぼくたちの前で止まった。同じクラスの友だちだ。おどろいた顔でぼくを見ている。ぼくはむねをはり、まっすぐに友人たちを見つめて言った。
  「これ、ぼくのねえちゃん。とっても、やさしいんだぜ!」


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