団体貸出



「ありがとうって言えよ」
塩田 陽子

 

  オレ、コウ太。小四、男子。こいつ大親友のハルキ。家もとなり。学校の行き帰り、広い道路はならんで、せまい道路ではオレがハルキの車いすをおす。オレたちはいつもいっしょ。
  道徳の時間『ことばの大切さ』をべん強した。
  「だれかに親切にされたらありがとうと言いますよね。ありがとうと言うことばはおたがいをしあわせな気分にしてくれるまほうのことばです。」
  と先生が言った。なるほど……。
  だからオレは学校の帰り道、ハルキの車いすをおしながらこう言ったんだ。
  「おいハルキ、オレにありがとうって言えよ。」そうしたらハルキは一しゅんどきっとした顔になってからこう言った。
  「――ありがとう。」
  でもオレたちはしあわせな気分になんかならなかった。なんだか空気がかたまった。ハルキはそれきりだまったまま家に入って行った。
  つぎの朝、いつも通りオレはハルキをむかえに行った。するとハルキのお母さんが出てきて言った。
  「今日は一人で行くって、もう出たわよ。」
  走っておいかけたけどハルキは見えなかった。
  ヘトヘトになって教室に入ると、ハルキは、みんなと楽しそうに水そうをのぞいていた。
  「やだー、水そうにタニシ入れたのだれ?」
  女子がさわいでいる。いつもなら、
  「どれどれ!」
  とわりこんでいくところだけど、なんだか行きづらい。どうしてだろう。
  一時間目は理科だからじっけん室にいどうだ。ハルキはまた先に一人で教室を出て行った。ろう下でいっしょになったクラスメートがハルキの車い子をおす。
  (そのだんさは、そうじゃなくて……。)
  (そこのスロープは気をつけないと……ほらぶつけた。)
  オレならちゃんとできるのに、みんな下手くそなんだよ。オレはもう見ていられなくて、みんなをかきわけて車いすをおした。するとハルキが下をむいたままこう言った。
  「ありがとう、コウ太。」
  また空気がかたくなった。
  その日一日、ハルキとオレはぎくしゃくして過ごした。あーあ、こんなことになるなら
  「ありがとうって言えよ。」
  なんて言わなきゃよかった。オレ今になって気がついたけど、ハルキに、
  「ありがとう。」
  って言われたいと思ったことなんて いちどもなかったんだ。
  ほうかご、またハルキは先に一人で校門を出て行った。オレは走っておいかけると、
  「おい、ハルキ。」
  と声をかけた。ふりむいたハルキは今までに見たことがないさみしい目をしていた。
  「もうオレにありがとうなんて言うな!」
  なぜか分からないけど、オレはハルキにどなっていた。するとハルキも、
  「なんだと?ありがとうって言えって言ったのはコウ太じゃないか!」
  とどなりかえしてきた。オレたちはしばらくにらみ合っていた。
  するとハルキがとつぜん、へんな顔をして、
  「コウ太くん、あ・り・が・と。」
  と言ってきた。オレはついわらいそうになって
  「やめろ。」
  とハルキの後ろに回った。
  「あ・り・が・と!あ・り・が・と〜。」
  ハルキはだんだんちょうしにのって、へんな顔をつぎからつぎへとやって見せた。
  「やめろったら、やめろ!」
  もうオレのがまんもげんかいだ。コロコロかわるハルキのおもしろい顔を見ていたら、いつのまにかおなかをかかえてわらっていた。いつものほうかごのように。

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