団体貸出



「おもちゃのこぶたピピ」
堀 夕湖

 

 「ブーブーブー。ズズ。」ぼくは今日も泣いていた。ぼくは、こぶたのピピ。硬いブリキでできたおもちゃのブタ。真夜中のおもちゃ屋で、ぼくの泣き声が響いている。「またあの子にふられたのか?」向いの棚から、ロボットが言った。「これで何回目かしら?まあ、汚いブタなら仕方ないわね。」横から、おしゃれな服を着た人形もつぶやいた。「どうせぼくは、古くてダサイ、ブリキのブタだよ。だけど、みくちゃんならわかってくれると思ったんだ。」みくちゃんは、おもちゃ屋によく来る、5歳の女の子。いつもぼくの所に来て、ぜんまいを、優しく回してくれる。ぼくが動くのを見て、キラキラした目をして笑うんだ。でも、買っていくのは、人気のあるおもちゃばかり。落ち込んでいるぼくを見て、他のおもちゃ達はばかにするんだ。
  その時、暗いお店の中を、近づいてくる光が見えた。懐中電灯を持った、店長のおばさんだ。「ピピ。また泣いていたの?あまり泣くと、ブリキがさびてしまうわよ。」
  おばさんは、ぼくの頭をそっと撫でてくれた。「ねえ、おばさん。ぼくってそんなにだめなブタかなあ?そりゃ、みんなみたいに、ぴかぴかじゃないし、かっこよくはないけど。」「いいえ。あなたはとてもすてきよ。」 「そんなことない。ぼくは全然すてきなんかじゃないよ。」ぼくが泣きながら言うと、おばさんは優しくこういった。「私はピピの、おもしろくてかわいいダンスが大好きよ。ぜんまいを回した後の、いっしょうけんめい動く姿も、終わる頃の、少し淋しそうな動きも。ピピはみんなを笑わせてくれる。もっと自信を持って。大丈夫。あなたはただ、自分の好きな自分になれるように、努力すればいいのよ。でも、それは、無理して自分を変えるということではないの。今、そのままのあなたを、磨けばいいのよ。ピピにしかない、素晴らしいところが、たくさんあるんだもの。そうすればきっと、周りの子の言うことも、気にならなくなるわ。自分では気づいていないかもしれないけれど、あなたはとっても特別なんだから。」おばさんは、ぼくのほっぺたにキスをした。「ありがとう、おばさん。ぼく、頑張ってみるよ。」ぼくは少し、元気になれた。誰に、何を言われても関係ない。ぼくはぼくらしく。とびきり最高なぼくになりたい。それからぼくは、夜になると、毎日練習をした。鼻をピクピク。お尻をフリフリ。上手にできるようになって、みくちゃんを喜ばせたいんだ。
  そして、クリスマスの日。おもちゃ屋は大忙し。他のおもちゃは、次々に売れていく。その時、みくちゃんが入ってきた。ママにわがままを言って、叱られたみたいだ。泣きべそをかいている。みくちゃんは、ぼくの所へ来て、淋しそうに、ぜんまいを回した。「ブヒブヒブヒ。」ぼくはいっしょうけんめい踊った。みくちゃんが、笑ってくれるように。いっぱい、いっぱい練習したから。すると、みくちゃんは、ぷっとふきだした。そして、けたけたと笑いだした。なんてかわいいんだろう。ぼくは、みくちゃんの笑顔を見ただけで、とても幸せな気持ちになった。そばで見ていたお母さんが、ぼくを取って、みくちゃんに言った。「今日はクリスマスだから特別よ。ずっと欲しがったいたブタさん、買ってあげるわ。」ぼくはびっくりした。えっ?みくちゃんが、ぼくを選んでくれたの?レジでは、店長のおばさんが、ニコニコしながらぼくを見ていた。「このブタは、アンティークで、本当に価値のあるものなんですよ。古いけれど、新しいものには無い、あたたかみと、ぬくもりがあります。大切にして下さいね。」
おばさんはそう言って、ぼくをきれいな箱に入れた。ふたをする前に、小さくウィンクをして。ありがとう、 おばさん。おばさんはいつだって、ぼくの味方だった。世界にたった一人でも、味方がいると思えることで、ぼくは強くなれたんだ。みくちゃんの両手に包まれて、ぼくは胸がいっぱいになった。街には、真っ白い雪が降り続いていた。寒かったけれど、みくちゃんの手のあたたかさが、箱の中にも伝わってきた。ぼくは一人ぼっちじゃないんだ。じんわりと涙をうかべながら、ぼくはこう思った。みんな、大好きだ。そしてやっと、今の自分も好きになれた気がした。
 

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