団体貸出



「かなちゃんのこころ」
はやし みこ

 

 三年生になって一週間たつというのに、かなちゃんはまったくおしゃべりしません。先生によばれても、
へんじもしないのです。
  「かなちゃんと話したことある?」
  わたしは、かなちゃんと二年生の時同じクラスだったさくらちゃんに、聞いてみました。
  「一年の時も二年の時も、ずーっと話さなかったよ。一度も声聞いたことないもん。」
  「えっ、ずーっと?」
  わたしは、とてもふしぎでした。
 
  ある日、ピアノ教室のかえりに、楽しそうな女の子の声が聞こえてきました。
  「おかあさん、見て見て〜!」
  かなちゃんが、おうちの庭でフラフープをして遊んでいたのです。いつもとまったくちがうかなちゃんに、わたしはビックリしました。

 「かなちゃん。」
  わたしは、かなちゃんに声をかけました。でもかなちゃんは、わたしを見ると、お家の中に入ってしま
いました。

 次の日学校で、わたしはかなちゃんに聞いてみました。
  「かなちゃん、どうしていつもしゃべらないの?」
  「…」
  かなちゃんは、だまったまま。
 「かなちゃん、きのうしゃべってたじゃない」
 「…」
 それでも、かなちゃんはだまったまま。

 だまっているかなちゃんに、わたしはイライラしてきました。
  「かなちゃんに、何聞いてもむだだよ。ぜったいしゃべらないから。それより、いっしょに外で遊ぼうよ。」
と、さくらちゃんが言ってきました。
  「へんな子」
  わたしはそう言って、さくらちゃんと校庭へ遊びに行きました。

 その日の夜、わたしはおかあさんに、かなちゃんのことを話しました。おかあさんは、しんけんな顔
で言いました。
  「かなちゃんは、わざと話さないんじゃなくて、どうしても話すことができないんだと思うよ。おかあさんのクラスにも、そういう子がいたの。かなちゃんも自分でどうして声が出ないのか、わからないんだと思うよ」
  おかあさんは、学校の先生をしています。
  「だれだって、大きなぶたいに立つと、ドキドキするよね?かなちゃんには、きっと学校ぜんぶが、そんなふうにかんじるのかもしれないね。かなちゃんがドキドキしないように、かんがえてあげればいいと思うわ。」
 
  それからは学校で、かなちゃんのことが、気になってしかたがありませんでした。かなちゃんは、いつも自分のせきに、ただじーっとすわっていました。じゅぎょう中も休み時間も。トイレはがまんしているのかな。気分がわるい時もがまんしているのかな。声が出ないってこまるよね。みんな気づかなくてこまるよね。

 かなちゃんに、この前ひどいことを言ってしまった…。 わたしは、かなちゃんのこころの中をかんがえると、むねがチクンとなりました。

 昼休みに、わたしはかなちゃんに、そっと聞いてみました。
  「かなちゃん、この間ひどいこと言ってごめんね。」
  かなちゃんは、コクンとうなずきました。
  わたしは、かなちゃんが答えてくれて、うれしくなりました。かなちゃんといっしょにいたいと思いました。
  「かなちゃん、いっしょに外で遊ばない?」

 でも、かなちゃんはだまったままでした。
  「いっしょにあそぶのいや?」
  かなちゃんは、首をよこにふりました。

 わたしは、かなちゃんがお家の庭で、フラフープをしていたことを思い出しました。
  「かなちゃん、いっしょにフラフープしようか?」
  かなちゃんは、すぐにうなずきました。少しわらっているように見えました。

 わたしは、うれしくなりました。かなちゃんのこころの中が、少し見えたような気がしました。
  「じゃあ、今からフラフープをかりにいこう!」
  かなちゃんとわたしは手をつないで、いっしょに 走って行きました。

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