「なんやー?」
漢字のテストのときやった。ぼくの頭のうしろに、なんか飛んできた。それは、くしゃくしゃにまるめたテストの紙。投げてきたのはノン。
「なにしてるの!」
先生が大きな声をあげて、一番うしろのノンの席に近づいた。ノンは車イス用の大きな机の上にあった、えんぴつや消しゴム、それに筆箱まで床にぶちまけ出した。あばれだしたノンを先生が必死で押さえつけている。車イスから落ちたら、あぶないからや。
ノンはペルテス病という足の病気で、太ももから足首までの装具をつけている。鉄でできた、ごついやつ。足が曲げられへんから、専用の大きい車イスにのっている。そんなところから落ちたら大変や。しまいにはノンのおかあさんまで学校に来て、大騒ぎになった。
ノンが病気になったのは小学校一年の冬。それからしばらく遠くにある病院に入院して、二カ月ほどして戻ってきた。けどノンは、まるで知らん子みたいになっていた。装具や車イスもそうやけど、だれとも遊べへん。ぼくらもどうやって遊んだらええんかわかれへんし、声もかけづらかったから、よけいにや。教室のうしろで、車イスにのったまま、じっと下を向いてたノン。そんなノンが、しまいには、ときどき、あばれ出すようになった。
病気になる前は、ノンはおてんばで、男の子みたいやった。けど、やさしいとこもあって、みんなのめんどうも、よくみていた。ノンがかかったのは足の病気やのに、なんか、中身まで変わってしもたみたいや。
それからしばらくして、席替えがあった。ぼくの席は一番うしろの窓ぎわで、ノンより少しうしろのほうやったから、これでもう、うしろから物が飛んでくることはない。
ぼくはその席からノンを見た。
「教科書を開いて」
先生がいう。ぼくは机の中から教科書を取り出す。ノンの机は大きいけど、物をしまうところがない。そやから机の横にもうひとつ、ぼくらと同じ机が置いてあって、その上にお道具箱をのせている。机は大きいし、車イスも大きいし、ノンは教科書を出すのに時間がかかっている。見ているぼくは、まどろっこしくて、代わりに取ってあげたいくらいやった。そのとき、ノンの机から鉛筆が落ちた。ノンは、それをじっと見て、あきらめたように前を向く。落ちた鉛筆は、ノンには拾われへん。手がとどけへんからや。ぼくは拾いに行ったろかと思ったけど、そのとき、先生が、
「ノートを開いて」
といったので、あわててノートを取り出した。ノンはまた、ノートを取るのに時間がかかっている。今度は消しゴムが床に落ちた。ノンは知らんまま、ノートに書き出した。字をまちがえたみたいや。消しゴムをさがしている。けど大きい机のどこにも消しゴムはない。ちょうど車イスの下に転がっているからや。ノンに見つかるわけがない。
「くしゃくしゃ」って音がして、ノンがやぶったノートの紙をまるめ出した。ぼくは、あたりまえやと思った。ぼくでも、たぶん、そうしてる。車イスの上にしばりつけられて、思ったように動かれへん。だれも助けてくれへんのや。いらいらして、とうぜんや。
ぼくは立ち上がって、車イスの下から、消しゴムを拾った。
「ほら、これ、さがしてるんやろ」
ノンは、びっくりしたみたいな顔して、
「ありがとう」
ぼそっと、いった。ぼくは鉛筆も拾った。
「取ってっていうたら、いつでも拾たんで。」
ノンが、にこっと笑った。前とおんなじノンや。ぼくは胸の中が、ぽわんとあったかくなった。次の休み時間になったら、絶対、ノンと遊ぼうと思った。ノンはノン。知らん子になってしもたわけやない。ぼくには、やっと、そのことがわかったんや。 |