団体貸出



「ひつじのマリーちゃん」
山田 千鶴

 

 ある日の午後、ひつじのマリーちゃんは森をさんぽしていました。
  「なんて気持ちのよい日なんでしょう。」
  マリーちゃんはとてもごきげんでした。
  すると遠くから「ポコッ、ポコッ」という音が聞こえ、その音はマリーちゃんに近づいてきました。ふりかえるとそこには息を切らしながらも、すがすがしいえがおをうかべたコウマさんが立っていました。
  「ぽかぽかあたたかい日に風をきってかけるのは、とっても気持ちがいいねぇ。あっ、でもきみは、そのふわふわの毛がじゃまで、ろくに走れそうにないね。お気のどくに。」
  コウマさんはふたたびかけていきました。
  「風をきる? それはどんな感じなんだろう。わたしも風をきってみたいな。」
 そうつぶやいて、マリーちゃんは自分が草原をかけているすがたを夢見るように思いうかべてみました。しかし、足がからまってしまいそうで、うまくはいきませんでした。
  しばらく行くと、今度は何かキラキラかがやくのが見えてきました。『あれはなんだろう』とマリーちゃんの胸はおどりだし、今にも風船になって飛んでいってしまいそうでした。マリーちゃんはふわふわの毛が重くてうまく走れませんが、一生けんめいかけました。すると湖が見えてきました。マリーちゃんの胸は『キュン』と、ときめきました。
  「早くついてこないと、ほうっていくよ。」
  「まってよ、お兄ちゃん。」
  ふと声がするほうを見ると、それはコガモの兄弟でした。コガモの兄弟はマリーちゃんに気がつくと、岸辺に近づいてきました。
  「きみも湖でいっしょに泳ごうよ。水をかいて泳ぐと、とても気持ちがいいよ。あっ、でもきみは、そのふわふわの毛がじゃまで、うまく泳げそうにないね。かわいそうに。」
  そう言ってコガモの兄弟は、またすいすいと泳いでいってしまいました。
  「水をかいて泳ぐってどんな感じなんだろう。わたしもすいすい泳いでみたいな。」
  そうつぶやいて、自分が水の中をすいすい泳いでいるすがたをゆめ見るように思いうかべてみました。しかし、ふわふわの毛が水をすって体がしずんでしまいそうな気がしたので、息が苦しくなりました。
  ぽかぽかおひさまがねむりにつき、ホットケーキのようなお月様とお星さまが顔を出しはじめるころ、森も少しひんやりしはじめました。マリーちゃんも自分のふわふわの毛につつまれて、ねむろうとしていました。
  そこへコガモの兄弟とコリスさんを背中に乗せたコウマさんがかけてきました。
  「いったい、どうしたの?」
  マリーちゃんはおどろいてたずねました。するとコガモのお兄ちゃんは早口で答えました。
  「ぼくたちが泳いでいるとコリスさんがおぼれていたんだ。大いそぎで助けたんだけど、寒さでずっとブルブルふるえているんだよ」
  「まあ、たいへん!」
  マリーちゃんはそう言って立ち上がりました。そしてしばらく考えてから、思い切って言ってみました。
  「あのう、もしかしたら、私の毛、役に立たないかしら?」
  それを聞いて、コウマさんの顔がパッと明るくなりました。
  「あ、そうかぁ! きみのそのふわふわの毛なら、コリスさんをあたためてあげられるね。」
   マリーちゃんは、はずかしそうにほほえみました。そしてこごえるコリスさんをやさしくつつみこんであげました。
  「これで安心だね。」
  コガモの弟がそう言って、三びきは自分のねぐらへ帰っていきました。
  コリスさんのほっぺもだんだんとさくら色になり、いつのまにか「スースー」とねいきをたてながら、ねむってしまいました。
  マリーちゃんはふわふわの毛のおかげで風はきれないし、すいすい泳げないけれど、ぽかぽかあたためてあげることができます。マリーちゃんも、そんな自分のふわふわの毛をちょっぴりじまんに思いながら、すやすやとここちよいねむりにつきました。

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