生涯学習大阪計画 ~自律と協働の生涯学習社会を目指して~

はじめに 第1章 第2章 第4章 第5章

第3章 基本理念  ~ 「自律と協働の社会」をつくる生涯学習の推進~

1 パートナーシップに基づく協働の生涯学習社会づくりの推進

(1)「自律と協働の社会」の確立

・我が国では、明治以降、行政が主として公共サービスを担い、企業が私的サービスを担う一方で、本来は主権者である市民を公共サービスの消費者的立場に置いたまま近代化が進められ、戦後も高度経済成長とともに社会資本の整備が進められてきました。

・1990年代に、大阪市をはじめ多くの自治体で策定された生涯学習計画においても、いつでもどこでも学ぶことができる「学習社会」をつくるための学習環境の整備は、あくまで行政(学校を含む)が主導し、民間教育機関、各種の社会教育関係団体等の協力を得ながら行うものと考えられてきました。

・しかしながら、近年、市民ニーズの多様化・個別化・高度化が進む一方、市民社会の成熟化が進み、市民自らがNPOなどをつくり「公共」を担おうとする動きもみられるようになってきました。社会のあり方や「公共」に対する考え方は、大きく変化しており、現代社会のさまざまな課題に対して、市民をはじめ多様な担い手が協働しながらその解決にあたるという、「あらたな『公共』性」※ とも呼ばれる考え方が注目されています。

(※あらたな「公共」性...これまで、国や地方公共団体といった「官」が中心に創りあげる印象が強かった「公共」に対して、近年の福祉やまちづくりなどのさまざまな問題に対して、目的を共有する人が自発的に活動して創り出す「公共」が複層的に存在する状況のこと。あらたな「公共」性は、市民の自発的で多様な活動を中心とし、地域社会のさまざまな組織と対等の立場で協働することで創り出されることが、最大の特徴であり、地域社会のなかで人と人とのつながりを生み、人・物・情報のネットワークを広げ、地域社会の活力を高めることにつながると考えられる。【参考:平成16年版「国民生活白書」】)


・大阪は、古代より国内外をつなぐ交通拠点として発展し、「天下の台所」と呼ばれた江戸時代には、経済的繁栄を背景に、「町人」と呼ばれる人々が担い手となり、豊かな文化を築くとともに、富永仲基、山片蟠桃などの合理主義的学問や緒方洪庵の医学・洋学等が育まれました。また、「町人」達は、「まち」の自治を一定程度担い、橋などの社会資本の整備に自ら取り組んだり、さまざまな芸能文化を発達させてきた歴史があります。明治期以降も、学校をはじめ、中央公会堂や大阪城天守閣など、市民の寄付をもとにつくられた施設は少なくありません。現在でも、関西には全国規模で活躍するNPOが多いなど、大阪は、豊かな「市民力」の伝統のうえに、市民社会の形成が進んできた歴史をもつ「まち」です。

・今後は、大阪市はもとよりさまざまな市民セクター※ 、企業が協働して社会的な役割を果たし、市民一人ひとりが、日常的に直面するさまざまな課題を自らの意思と責任において、主体的に市民自治の観点から解決するという「自律と協働の社会」づくりが重要です。


(※市民セクター...社会的な責任を自覚した個人としての市民をはじめ、そのような市民によって支えられた、NPOなどの民間組織によって構成されるセクター。公益法人、社会福祉法人、生活協同組合などのほか、規模の小さい草の根の市民団体やサークル、地縁型住民組織(町内会、自治会、あるいはそれをベースにしたさまざまな組織で、行政上の区域や範囲内で住民の相互扶助や自治的な活動を行う組織)など幅広い民間非営利組織によって構成される。)


(2)生涯学習推進に関わる各機関の役割

・生涯学習の推進にあたっては、市民一人ひとりが、人生のあらゆる段階や場面において、自分に適した手段・方法を選んで、主体的に学習に取り組めるよう、市民相互、あるいはNPOや行政、企業などが協働し、それぞれの特性を活かしつつ相互に連携するなど、ネットワーク型の活動を進めていくことが必要です。

・大阪市は、公共的課題で、継続的・安定的かつ平等に全市域を網羅する必要があり、なおかつ営利事業では成り立ちにくい、社会的課題に対応した学習機会の創出や、「教育コミュニティ」を支える市民ボランティアの養成・研修、学習相談などの分野を中心にその役割を担い、個別・多様なニーズについては、非営利事業の分野ではNPOが、営利事業として成り立ちうるような分野では、企業や民間教育機関、社会人大学・大学院などが、主にその役割を担いながら、相互に協働し、生涯学習を推進していくことが必要です。

1)NPOなどの市民セクターの役割
・NPOなどの市民セクターは、その専門性や柔軟性・先駆性といった特性を活かした個別・多様な学習機会の提供に取り組むほか、民間組織としての自由な立場を活かした相談・コーディネート機能の発揮、身近な地域社会における、一般教養、趣味、健康あるいは環境保全、消費生活、人権等についての学習機会の提供などを中心に、その役割を担うことが求められています。

2)企業等の役割
・民間教育機関は、受講料の負担を求め、一定の学習ニーズがあり営利事業として成立する一般教養、趣味、健康、資格取得、起業・経営等についての学習機会を提供します。・また、一般の企業においては、市民グループやNPOの「まなび」を、企業の社会的責任(CSR※ )の観点から、それぞれの企業の特性を活かした資金や物的側面から援助したり、人材の相互交流(企業からの専門家の派遣など)や、子ども・青少年の職場体験(インターンシップ※ )の受け入れなどの協働事業を実施することが期待されます。

(※企業の社会的責任(CSR)...企業に、日々の経営活動において人権や環境といった社会への配慮に基づき、従業員、消費者、地域社会に対して責任ある行動を行うこと。近年、「企業の社会的責任」 (Corporate Social Responsibility:CSR)、および社会的責任を果たしている企業に対しての投資;「社会的責任投資」(Social Responsible Investment:SRI)という概念が、日本においても急速に注目を集めるようになってきている。

※インターンシップ...学校と企業等との連携により、生徒・学生が在学中に将来の進路に関連した就業体験を行うことで、職業に対する理解を深め、勤労観・職業観の熟成を図る。)

3)高等教育機関(大学、専門学校など)の役割
・高等教育機関については、都心部でのサテライトキャンパスの開設や昼夜開講制※ の実施など、働きながら学ぶ社会人に対して高度な学習機会を提供するほか、多くの大学に設置されるようになった「生涯学習センター」による先進的・専門的な知識・技術など研究成果を活かした市民への学習機会の提供も重要な役割です。
・近年、「地域(社会)貢献室」を設置する大学も増えているように、地域社会に開かれた大学として、教官を講師として派遣したり、インターンシップ制度の活用により、NPOや行政、企業などとの連携事業を実施することも重要な役割になると考えられます。

(※昼夜開講制...社会人学生にも学習しやすいように、通常昼間だけの授業の設定を夕方から夜間にかけても実施すること。平成3年(1991年)より、大学設置規定の改正により、全国的にこの制度を取り入れる大学・大学院が増えている。)

4)大阪市が果たすべき役割
・生涯学習の推進にあたって、NPOや高等教育機関、企業などの特性を見極めたうえで、相互のネットワークを構築し、よりよい生涯学習社会づくりをめざした、ひとづくり、しくみづくり、まちづくりを図ります。
 具体的には、「生涯学習大阪計画の目標設定と進行管理」「現代的・社会的課題に関する学習機会の創出」「『教育コミュニティ』を支える市民ボランティアなどの養成・研修」「高度な調査相談・情報サービス」「図書館における市民の必要課題に関する資料・情報の選定、収集、提供」「博物館における市民にとって必要な資料・情報の選定、収集、提供と後世への継承」などをすすめます。


2  「自律と協働の社会」づくりに向けた生涯学習の視点

(1)人間の尊重と共生

・基本的人権は、日本国憲法の中で、市民一人ひとりが人間として平等に持っている、だれも侵すことのできない権利として保障されています。最近では、市民一人ひとりが自らの能力を高め、その可能性を開花させ、意思決定に参画できるようになることが、平和や安全の保障に不可欠であり、すべての人々の能力を高めるためには、個人のさまざまなアイデンティティ※ や集団としての文化の多様性を尊重すること、基礎教育を完全普及することが必要であるという「人間の安全保障」という概念が生まれてきています。

(※ アイデンティティ...「自己概念」「自我同一性」「自己明確性」と訳される。自分とは誰であるか、今までにどういう過去を持ち、何を望み、今後どのように生きていこうと努めるのかといった「自分」についての意識的あるいは無意識的な概念と感情の総体であるとされている。また、自分がどのような集団に属しているのかという帰属意識を含む。)

・今日では、世界の人々とともに、一人ひとりが人権尊重を基礎として歩む姿勢が求められています。昨今の急激な社会変化のもとで、外国籍住民や障害のある人をめぐる問題、高齢者、子どもをめぐる問題、男女共同参画に関わる問題や同和問題に加え、HIV感染者・ハンセン病回復者等に対する偏見や差別意識による人権問題、個人情報保護をめぐる問題など新たな課題が生起しており、一人ひとりの人権を尊重し差別のない共生社会を実現することがいっそう重要となっています。

・さらに、社会や経済のグローバル化にともない、近年新たに滞在・居住する外国人が増加しつつあり、すべての人々が、文化の違いや多様なアイデンティティを、互いに認めあい、同じ地域社会の構成員として共生していくことをめざして、交流を進め、相互に理解を深めることが大切です。

・大阪市では、「大阪市人権行政基本方針」(平成11年(1999年))を定めるなど、人権尊重を基本として将来を見通した総合的な行政を推進してきており、平成17年(2005年)に策定した大阪市基本構想においても、「大阪に集い、暮らし、活動する人びとが互いに人権を尊重し、将来にわたる安心を感じ、自らの夢に挑戦できるまち」を、めざすべき将来像として掲げています。

・また、平成17年(2005年)4月に策定された「大阪市人権教育・啓発推進計画」においては、「自らの人権について学び、自らの権利を行使することにともなう責任を理解し、他の人々とともに問題の解決に取り組み、それを通じて人権が尊重されるまちづくりにつなげていくこと」を基本的な考え方として掲げています。この考え方は、「生涯学習大阪計画」が基本理念として掲げる「自律と協働の生涯学習社会」づくりと意味を同じくするものです。

・このように、生涯学習と人権教育との関係は密接不可分のものであり、大阪市の生涯学習の推進が人権教育の推進に役立ち、人権教育の推進が生涯学習の推進に役立つべきであるとの観点が必要です。

・これまで大阪市においては、「識字学級」、「地域識字・日本語交流教室」やボランティア養成などの識字施策を進めてきましたが、平成15年(2003年)からの「国連識字の10年」の趣旨もふまえて、「大阪市識字施策推進指針」(平成5年(1993年)策定)を改定し、総合的な施策の推進と非識字者※のエンパワメント※ を図ることが重要となっています。

(※ 非識字者...日常生活に必要な読み・書き・計算能力について、不自由な状態にある人のこと。

※エンパワメント...「力をつけること」と訳される。個人が潜在的な力や可能性を引き出していき、その人らしく社会参加するなかで、文化的、社会的、政治的、経済的状況などを変えていく力を身につけることにつながること。)

・また、児童虐待、いじめなど、近年の青少年を取り巻く深刻な状況に対する取組みを強めるため、青少年会館では、基本的人権尊重の精神に基づき、広く青少年の健全育成に資する施設としての役割を果たせるよう、取組み内容の充実を図るとともに課題を抱えた青少年への支援として、不登校をはじめとする子どもたちの「居場所づくり」や専門的な人材の導入による相談事業の創設などの取組みを進めていますが、今後とも人権教育の視点に立った、次世代の大阪を担う青少年の自立と社会参加の支援に向けた諸事業を充実していくことが必要です。

・「生涯学習大阪計画」においては、本市における人権教育・啓発の基本計画と位置づけられている「大阪市人権教育・啓発推進計画」との整合性を図りながら、「人間の尊重と共生」を計画推進の基本的視点として位置づけた取組みを積極的に進めます。

(2)「市民力」を育む生涯学習の推進

・今後、大阪市は、市民の主体的な学習や活動を支援することを基本とし、自ら課題解決のために考え提案できる力、主体的に生きるための力、自己実現のための力といった「市民力」を、市民一人ひとりが身につけられるよう、「シチズンシップ」教育※ に力を入れていくことが重要です。

(※「シチズンシップ」教育...市民が民主主義社会の主権者として、またその担い手として、社会で主体的に生きていく力と能力を身につけるための教育。「市民力」を高めるための教育とも言える。)

・「知識・技術等の学習」「社会への参画(地域活動やNPO活動への参画)」「課題解決のための提案・行動」がひとつの連続した流れとなり、市民一人ひとりの学習と行動を結び、循環させていくような学習を支援する必要があります。

・こうした「市民力」を育む生涯学習を推進することは、「教育コミュニティ」づくり、生涯学習を通じた「まちづくり」にも大きな役割を果たすものとして期待されています。

(3)「まなび」を基本としたコミュニティづくり

・近年の全国的な動向として、教育に関わる分野だけでなく、さまざまな分野で、小学校区が社会的・現代的課題を市民とともに解決するときの単位として、また、コミュニティづくりの基礎単位として注目されてきています。

・子どもが健やかに成長するために、社会参加のための第一歩といえる地域である小学校区において、地域社会でのボランティア活動や職業体験、自然・環境・歴史・文化にふれる体験など、「本物」の活動に参加・参画することはとても大切なことであり、そのためにも、「教育コミュニティ」づくりが欠かせません。

・また、子どもの成長を乳幼児から小学生・中学生へと継続して見守る必要があり、小学校区での活動を基盤としながら、中学校区での連携・交流も重要です。

・今後、さらに「地域に開かれた学校づくり」を進め、学校・家庭・地域社会の連携を深めることにより、学校教育のいっそうの充実や活性化を図り、不登校、いじめ、問題行動など、今日の子どもに関する諸課題の解決に資することが期待されています。

・また、学校、特に小学校は、子どもだけでなくだれでもが通いやすい身近な場所にある地域社会の共有財産でもあります。学校の施設等を地域社会に開放し、より多くの市民が気軽に諸活動に参画できるようになれば、生涯学習の振興が図られ、「地域社会で暮らす活力」や人のつながりが育まれることになり、コミュニティづくりにつながります。

・学校に地域社会の教育資源を導入することと、学校の施設等を地域社会に開放・活用することとは、双方向的な営みであり、「地域の教育力」の向上と学校教育の充実を同時に進めていく必要があります。

・さらに、地域社会で活躍する人たちの連携を図る組織として「教育コミュニティ」づくりのための協議会を設置し、青少年、教育、スポーツ、環境美化、福祉、人権、文化など、これまで行政の各部局により小学校区で実施されてきた施策を一元化・体系化して実施するなどにより、地域社会での主体的な活動が促進され、子どもの教育や地域社会の再生に資することになります。また、近年問題となっている子どもの安全についても、地域社会における人のつながりによって、立ち番や巡視活動のほか、積極的な声かけの実施など、子どもの安全を見守る取組みが進められることになります。

(4)地域資源の再発見と魅力の発信を支える「まなび」のネットワーク づくり

・大阪は、古代以来、「都市」として栄え、市内には豊かな歴史や文化が存在しています。市民にとって日常の見慣れた風景の中に溶け込んでしまい、ともすれば見過ごされがちな、長い歴史に育まれた文化資源、人々の日常生活が育む生活文化に着目する必要があります。・歴史的遺産や建造物だけでなく、「まち」とそれを取り巻く自然がつくりだす景観も歴史・文化資源ととらえることができます。「市民力」も、重要な資源であり、古くから相互扶助と自治の精神に支えられた社会が今も健在で、例えば、商店街や町工場が今もしっかりと地域社会に根付いています。また、数多くの外国籍住民が居住している大阪の「まち」には、多文化が共生する魅力があります。

・まず市民一人ひとりが、地域社会づくりに主人公として積極的に関わる中で、地域社会の歴史や文化について、新たな価値を生みだす「資源」であることを再認識し、その多様な魅力を積極的に活用・発信していくことが、大阪の歴史・文化の継承・発展とともに、新しい文化の創造につながります。

・市民が主体的に生きる力をつけ、地域資源の再発見とその魅力の活用・発信という「まなび」と活動の循環をつくりあげられるよう支援することが、生涯学習の重要な役割であり、歴史・文化・自然環境を軸にしたいきいきと活力ある大阪のまちづくりにも資するものとして期待されています。

・大阪で長らく培われてきた、市民主体のまちづくりの伝統や豊かな地域文化を礎として、市民をはじめ大阪を訪れた人がその魅力を発見し、体感できる事業や、国内外に向けて大阪の魅力を広くアピールする事業を充実させながら、地域社会やNPO、大阪市、企業などが互いに連携・協働する「まなび」のネットワークづくりを進める視点が必要です。


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