団体貸出



「ひろくんのトマト」
なかじま まゆみ

 


  「ひろくん、なにしているの?」
  ペットボトルに水を入れているひろくんに、ひまわり教室の竹野先生が声をかけました。竹野先生は、ひろくんにときどき勉強をおしえています。
  「ミニトマトにお水をあげるんだ。ぼくのトマト、3つも実ができたんだよ」
  ひろくんは、じまんげです。
  「がんばってるわね。これから、もっともっとたくさんの実がなるわ」
  竹野先生はひろくんをはげましたつもりなのに、ひろくんはきゅうにうつむいてしまいました。
  「ぼくのトマト、おばあちゃんになったんだ…もう、実はできないよ」
  先生を見上げたひろくんは、目になみだをうかべていました。

 竹野先生は、ひろくんのトマトを見に行きました。どのトマトも、黄色い花や青い実をつけて元気よく育っていましたが、ひろくんのトマトだけは青くしおれていたのです。その上、植えなおしたようなあともありました。

 「ひろくんのミニトマトがかれていたの。だれかわけを知っている人はいませんか?」
  竹野先生は、二年一組のひろくんのクラスに行って、聞いてみました。
  「毎日お水をやってたよ」
  「きのうの朝は元気だったよ」
  たんにんの松下先生も心ぱいしましたが、だれも、知っているようすはありませんでした。

 しばらくたって、茂と良太と陽介の三人がふあんげな顔で、松下先生のところにやってきました。三人は、トマトのねっこが見たくて、ひろくんのトマトを引きぬいてしまったというのです。
  「元どおりにすれば大じょうぶって、陽ちゃんが言ったから」
  茂と良太は陽介のせいにします。
  「かれるとは思わなかった」
  陽介も、言いわけをします。
  「じゃあ、自分たちのトマトをぬけばよかったでしょ?」
  三人ともかえす言葉がありません。みんな、自分のトマトはぬきたくなかったのです。
  「どうしてひろくんのトマトをえらんだの?」
  先生に見つめられ、陽介は仕方なく、本当のことを言いました。
  「ひろくんなら、ぬかれても分からないと思った。…分かっても文句は言わないと思ったから…」
  「ひろくんなら何をしてもいいの。かなしまないと思ったの!」
  松下先生は、今まで見たこともないようなこわい顔をして、三人をしかりつけました。

 陽介たちは、ひろくんにあやまりました。けれど、ひろくんは三人をにらみつけ、ゆるしてはくれませんでした。それどころか、
  「トマトかえして!ぼくのトマトかえして!」
と、なきながらせまってきたのです。
  茂も良太も陽介も、ひろくんがこんなにおこるなんて、思ってもみませんでした。

 松下先生は、ひろくんのトマトがかれていたわけを、クラスのみんなに話しました。
  「実ができたって、よろこんでいたのに」
  「ひろくんがかわいそうだ」
  「ひろくんのトマトはどうなるの?」
  「もとどおりになるんですか?」
  みんながさわぎはじめました。
  三人は、うなだれたままです。
  「あやまっても、とりかえしのつかないことだってあるわね。だから、自分がしてほしくないことは、ほかの人にもぜったいにしない。それは、とても大切なことじゃないかな…」

 帰りの会で、らんちゃんが、ラーメンのカップにうえられたトマトを、松下先生に見せに行きました。
  「おばあちゃんは家でこうしているよ。…ひろくんにあげてもいいですか?」
  「いいこと思いついたわねえ」
  松下先生は、らんちゃんの作ったトマトのはちうえをみんなに見せました。
  「これはさし木と言います。こうして、トマトのわき芽を土にさしておけば、やがてはっぱが出て、花がさいて、実もなるのよ」
  らんちゃんは、自分のトマトのわき芽で作ったさし木を、ひろくんにわたしました。
  ひろくんの顔に、やっと、笑顔がもどったのです。

 ほうかご、松下先生は、うれしそうにさし木をしている男の子たちを見つけました。茂と良太と陽介です。
  (さし木はたくさんあった方がいいよね)
  先生は、ひろくんがうけとってくれることをねがいながら、その場を後にしました。



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