団体貸出



「ゆいちゃんとクジラ」
おおぎやなぎ ちか

 

ね、ちょっとめをつむってみて。
まっくらでしょ?
これが、ゆいちゃんのせかい。
ゆいちゃんは、めがみえないの。
うまれたときから、ずっと。

めをあけてみて。
これが、ゆいちゃん。
かわいいでしょう。

ゆいちゃんは、なんでもてでさわってたしかめる。
これは、パパ。
これは、ママ。
これは、いす。
これは、コップ。
これは、いし。
これは、すな。

これは、ブランコ。
これは、すべりだい。
はじめてのったときは、ないたんだよ
すっごくこわかったんだって。
でもいまは、だいすき。

「トンボだよ。ここもってごらん」
 ママがトンボのはねをもたせてくれた。
 ぶるるるるるって、トンボがふるえて、すぐにはなしてしまった。
「トンボは?」
「いっちゃった。ママにももうみえない」
ママにもみえない?」
「うん、ママにもみえない」

 ゆいちゃん、はじめてうみにきた。
 ザザー、ザザーって、なみのおと。
 あしのしたのすながぬれている。
 なみがやってくると、わ、たおれそう。
 なみがかえると、ずずずずうってあしがしずむ。

 ゆいちゃん、うきぶくろにつかまって、なみにゆらゆらゆれている。
 プールとちがうにおいがする。

「ね、パパ。うみにクジラいる?」
「いるよ」
「イルカは?」
「イルカもいるよ」
「みえる?」
「クジラもイルカもずっととおくでおよいでいるんだ。ここからはみえないな」
「みえない?」
「うん、みえない」
「クジラって、おおきいんだよね」
「そうだよ」
「イルカもおおきい?」
「うん。でも、クジラよりはちいさいな」
「クジラって、そんなにおおきい?」
「そうだよ」
「でもパパ、みたことないんでしょ」
「みたことないよ。おはなしできいただけ」
「ゆいとおなじだね」
「そうだよ。ゆいとおなじ。みたことないけど、そうぞうしたんだ。クジラって、とってもと
ってもおおきいんだって。きっと、めのまえでジャンプしたら、まっくらでなんにもみえない
だろうな」
「ゆいとおなじだね」
「そうだな、ゆいとおなじだな」

 いま、ゆいちゃんのまえを、クジラがゆっくりジャンプしているのかもしれないね。