団体貸出



「てんてん雲」
栗原 恵里奈

 

 てんてんは、子どものでんでん虫です。てんてんのせなかにあるからは、すきとおって
います。きょうだいでんでん虫たちは、きいろやオレンジいろのきれいなからを、せなか
にのせています。
  「ぼくも大きくなったら、あんなきれいないろになるんだ。」
  てんてんは、おにいさんやおねえさんたちのきれいなからを見ておもいました。でも、
てんてんは、じぶんのせなかにあるすきとおったからがすきでした。だって、おかあさん
はいつもうっとりとしながら、こういいます。
  「てんてんのからは、すてきね。雨の日は、あめのつぶがからにあたって、きらきらひ
かって見えるもの。」
  おとうさんも、いつも言います。
  「てんてんは、しあわせだな。すきとおったからは、てきに見つかりにくいものな。だ
からおとうさんは、いつだってあんしんだよ。」
  それにおにいさんもいいます。
  「てんてんは、かくれんぼがじょうずだね。だって、あじさいの花の上にてんてんがい
ると、まるでてんてんが花になったようで、だれにも見つけられないもの。」
  てんてんは、すきとおったからが大すきになりました。

  てんてんは、まいにちがたのしくて、しかたがありません。みどりのはっぱの上では、
じぶんのからだがみどりいろにそまりげんきな気もちになるからです。かたい土の上をあ
るくときは、つちいろにかがやき、つよいこころをもった気もちになります。たかい木の上にいるときは、そらいろにとけこんで、やさしい気もちがあふれてきます。

  ある日、ともだちのツムリとあそんでいたときのことです。「ねえ、てんてん。ぼくらの
なかまって、からに右まきと左まきがあるんだって。おじいちゃんがいっていたよ。ぼくは
右まきなんだけど、きみはどうだい。」
  てんてんは、じぶんのからを見ました。お日さまのひかりがすきとおったからにあたっ
て、にじいろにひかっています。にじいろをしたからを、まぶしそうに見上げながら、て
んてんはいいました。
  「ぼくはどうやら、左まきみたいだよ。」
  「ふーん。左まきのかたつむりってすくないんだよ。」
  見わたすと、ほとんどのともだちは右まきでした。てんてんは、じぶんがみんなとち
がうことに気がつきました。

  それから、ツムリはこんなこともいいました。「てんてんのからはすきとおっているから、
からだがまる見えだよ。じぶんでじぶんのからだは、見えないものね。みんなもいってい
るよ。てんてんは、かわいそうだって。はずかしいとき、だれだってじぶんのからにもぐ
って、かくれるだろ。でも、てんてんはかくれたくっても、すきとおっているから、かく
れられないんだものね。かわいそうだよ。」

  てんてんは、いままではずかしくなったことなんて、一どもなかったのです。でも、ツ
ムリのはなしをきいているうちに、てんてんはじぶんのからにいろがないのが、なんだか
はずかしくなりました。こんな気もちは、はじめてでした。

  てんてんはいえにかえり、おかあさんのせなかを見つめました。おかあさんのせなかの
からは、右まきでした。よるになって、おとうさんがかえってきました。そのおとうさん
のせなかのからも、やはり右まきでした。てんてんは、こころがじわじわとあつくなった
かとおもうと、つんとつきだしためだまから、ぽろぽろんとあたたかななみだが、あふれ
てきました。てんてんは、なんだかはずかしくなってはじめて、じぶんのからの中にはい
りました。

  「てんてん。」
  いつもとちがうてんてんのようすに、気がついたおとうさんが、こえをかけました。て
んてんは、からのなかから、おもいきってききました。
  「みんなとちがうって、はずかしいことなの?」
  おとうさんは、ゆったりとてんてんのそばにきて、いいました。
  「はずかしくないさ。みんな、すこしずつちがうんだよ。からのもようだって、いろだ
ってちがう。おなじかたつむりなんて、ひとりもいないんだよ。」
  てんてんは、びっくりしておとうさんを見ました。
  「みんなちがっていいんだよ。てんてんは、てんてんのままでいいんだ。」
  てんてんは、からから出てきました。すきとおったからは、てんてんのいきで、白くく
もっていました。
  「まあ、てんてんのからは、ふわふわしていてまるで雲みたいね。」
  おかあさんのこえが、てんてんのこころにやさしくひびきました。
  「ほんとう。てんてん雲だわ。」
  おねえさんがはずんだこえでいいました。
「ぼくは、やっぱりすきとおったからが、大すきだよ。」
  てんてんは、うれしくなって、かぞくみんなのまわりをあるきだしました。
  てんてんのあるいたあとには、きらきらっとひかるあとがついていました。まるで、に
じのはしがかかっている上を、まっ白な雲がうかんでいるようです。