団体貸出



「さむいよるに」
岩田 あやめ

 

  ぼくのママはいそがしい。
  まいにちおそくまでしごとしてるねん。
  せやからぼく、ようちえんおわったら、いつも「ぎょろめ」のとこいくねん。
 
  「ぎょろめ」いうのはおばちゃんのことや。めぇでっかくて、ぎょろぎょろしとるから、
ぎょろめってみんなよんでる。

  ぎょろめのとこには、いつもこどもがいっぱいおる。
  おとなもおる。ちゅうくらいの人もおる。ねこや、いぬも かめも きんぎょも おるね
ん。

  ぼくはいつもぎょろめのところでママがむかえにくるのまってんねん。
  いちばんなかよしのブライアンといっしょにあそびながらまってんねん。

  ブライアンはぼくよりおっきい。なんでも できんねん。
  やさしいねん。みんなよりもちょっと かおが くろいねん。ブライアンのうまれたとこ
ろはフィリピンっていうねんて。

  めっちゃ さむいひのことやった。
  ぎょろめが おにぎりぎょうさんつくってた。ぼくが「なにしてんのん」ときいたら ぎ
ょろめは「きょうはおっちゃんとおはなししにいくねん」というた。

  「きょうみたいなさむうい よるにはな、おそとでねなあかんおっちゃんが さむすぎて 
しんでしまうかもしれへん。せやから おにぎりとおみそしる もっていって、おはなしし
てくんねん」ぎょろめがそういうてるあいだに おにぎりがやまほどできた。

  ブライアンが「おれもいくで ギターのおっちゃんにギターひいてもらうねん」というた。
ぼくもいきたくなってきた。
  ゆうがた むかえにきたママにいうたら「あかん、もっと大きくなってからにし」といわ
れた。ぼくはどうしてもいきたかったので
  「きょうだけや、ブライアンもぎょろめもいくねん」
とたのんでみた。すこし うそなきも してみた。
  ママは「しゃあないな、きょうだけやで」というた。

  よるになって、ぼくとブライアンとぎょろめは おにぎりとおみそしるのもとと、お湯を
いれたポットをもって、しゅっぱつした。
  いっつも おそとでねてるおっちゃんみてたけど、おはなしするのははじめてやから む
ねがドキドキした。

  「あ、おっちゃんおった」
  ブライアンがダンボールの大きいやつを ゆびさしていった。
  「こんばんは、おっちゃん きたで」
といってブライアンは ダンボールのふたをあけた。

  「あー ぼくか」といってなかからおっちゃんがかおを出した。
  かみのけがながくてもじゃもじゃで、かおが あかくて くろかった。
  ぼくは こわくなって「ぼく、帰る」というた。
  ブライアンは おにぎりをコートのぽけっとから出して、「おにぎりとみそしるいる?」
ときいた。
  おっちゃんは「あぁ、もらおうか」いうて手を出した。しわしわの手で、つめが大きくて
くろかった。
  ぼくは小さいこえで「帰る」というた。

  ぎょろめをさがすと ぎょろめはおっちゃんとなにやらはなしこんでいた。
  あっちこっちのダンボールからおっちゃんが おきだした。

  ブライアンが「おっちゃん、こいつおれのおとうとぶんやねん」といってぼくの手をひっぱ
った。
  「ギター おしえたってや」とブライアンがいった。

  「よっしゃ よっしゃ」といって おっちゃんは、おみそしるをのみおわると「あぁ、あ
ったまったわ」といいながら、ギターを出してきた。
  「ぼく、チューリップのうた おしえたるわ」いうておっちゃんはごついゆびでギターを
ひいてうたいはじめた。
 
  さいた
  さいた
  チューリップの はなが
  ならんだ
  ならんだ
  しろ、くろ、きいろ、
  どのはなみても
  きれいだな

  「おっちゃん、ちゃうで」
  ぼくはおもわずさけんだ。
  「チューリップのうたは あか、しろ、きいろや おっちゃん しろ、くろ、きいろいう
たけどちゃうで」

  おっちゃんは
  にっこり わらうと
  「ぼく、ようきづいたなぁ」というた。
  「せやけどな、おっちゃんは『しろ、くろ、きいろ』のほうがすきなんや」

  「なんで?」とぼくはきいた。
  おっちゃんのことはもうぜんぜんこわくなかった。
  おっちゃんはいうた。
  「にんげんのからだのいろも しろやらくろやらきいろやらあるやろ?
  ならんだとき、どのにんげんみても、きれいやろ?
  おっちゃんは にんげんのうたにかえうたしても ええようにうたってるんや」

  おっちゃんは
  そういってぼくのあたまをごしごしとなでてくれた。
  ぼくは おっちゃんがすごくすきになった。

  「さぁ、かえろか」とぎょろめがいった。たくさんあったおにぎりは、すっかり なくな
っていた。
  かえりみち ブライアンが
  「おっちゃん やさしかったやろ」ときいてきた。
  ぼくは「うん、おっちゃん やさしかったし、おもしろかった」というた。

  せやけど なんでおっちゃんは おそとでねな あかんのやろ。

  ぼくが おっちゃんにおにぎりをわたしたとき、おっちゃんの手はものすごくつめたかっ
た。こおりよりもつめたかった。

  ぎょろめのうちにかえったとき ぎょろめがいった。
  「おっちゃんは、げすいしょりとかでんきのはつでんしょとかではたらいてて、みんなの
くらしをささえてるんやで」
  ぼくは こんどは、おっちゃんに、なんでおそとでねなあかんのかきこうとおもった。