団体貸出



「歩道橋にかかる虹」
李英三

 

 今日、学校いかへんかってん。
  ぼく、ちゃんとしゃべられへんねん。いっしょうけんめいしゃべろとしたらな、もっと
おかしなんねん。きのうの国語の時間にな、教科書の「どうしたことか」の「ど」が口か
ら出てけえへんかってん。空気だけぱくぱく出てくんねん。
  だんだんみんながざわざわしてきてな、ぼくもあせがじわっとおでこにわいてきてん。
やっと声が出たと思ったら、「どどど、どうしたこと」て、ゆうてもうてん。
  教室中が大わらいになってん。先生はわろたらあかんって、ゆうてくれたけど、もうぼ
くははずかしくてたまらんかった。休み時間になったらな、あつき君が、わざわざぼくの
せきまできて、「どどどど、ど」ってまねしにきてん。仲良しのゆうすけ君が、おこってく
れたけど、ぼく、声がぜんぜんでえへんねん。いくら、あつき君にうるさいて言おうとし
ても、ゆうすけ君にありがとうて言おうとしても、あかんねん。口がぱくぱく動くだけや
ねん。
  家に帰ったら、「ただいま」って声が出てん。ぼくがびっくりしてじっとおったら、お母
さんが
  「ともや、何、ぼさっと立ってんの?」ゆうてん。
なおったんやと思ってん。
  ところがな、次の日に、教室入ったらあかんねん。もう声が出えへんねん。ゆうすけ
君におはようって言おうとしても声がでえへん。あつき君が来て、「きのう、ごめんな」っ
てあやまってくれたのに、何も言われへんねん・・・みんながどないしたん?ってじっと
こっち見てる。でもな、声がでえへんからしゃべられへんっていわれへんねん。
  ぼくは、カバンもそのままにして、学校からとび出した。歩道橋をわたって、公園のベ
ンチにすわったら、じわってなみだが出てきた。
  そしたら、目の前に白いつえをついたおばあさんが立ち止まって、ぼくに話しかけてき
た。でもな、なにゆうてるかわかれへんねん。
  「えっ?」てぼくがゆうからおばあさん何回も言いはった。
  「そこの、信号機のボタンを押してくれませんか」
やっと意味がわかった。よう見たら、おばあさんは、のどに大きなほうたいしてて、それ
を押さえながらしゃべってはる。空気がひゅうひゅうもれてんのがわかる。声と空気の音
がいっしょに出るからよく聞かないと何を言っているのかわかれへんかってん。おばあさ
んの白いつえがふるえてる。
  「ボボボボタン?」あかん。やっぱりちゃんといわれへん。
  「わたしは、目も悪いし、ことばもちゃんと言われません。今日は病院に行かなあかん
のです。おねがいします」
  ひとことひとこと注意して聞いたら、おばあさんの言いたいことは、今度は一回でわか
った。
  ぼくのセーターのひじのところにつかまってうしろから、おばあさんがついてある
いた。ぼくがボタンをおして信号が青に変わるのを待ってた。
  「お・・・おばあさん。ぼぼぼくも、ちちちゃんとしゃべられへんねん」
  「ぼく、ちゃんとしゃべられへんかったらな、しゃべるまえに、おなかいっぱい空気す
うて、ゆっくりしゃべり。つぎのことばは考えやんでええんや。じょうずにしゃべろうと
思わんとき。それがつまらんとしゃべるこつやで」
  (じょうずにしゃべらんでもええんや)そう思たらな、かたがすっと下にさがったのが
わかった。
  「おばあさん、信号が青になったから、むこうまでいっしょにわたろ」
  おばあさん、ぼくを見てにっこり笑ったような気がした。
  交差点をわたりきった時やった。
  「ともやくーん」
  大きな声がした方を見ると、クラスのみんなが歩道橋の上にずらっとならんで、手をふ
ってた。先生もいた。ぼくも、ちょっとてれながら手をふった。ぼくは、おなかにいっぱ
い空気をすってゆっくりと大きな声で言った。
  「みんな、ごめん!」ぼくの声にみんながもっと大きく手をふった。
  歩道橋の上に大きな虹がかかったみたいに見えた。