団体貸出



「うちのおばあちゃん」
吉田 麻梨

 

きょう、学校から帰る時にな。
ひろみちゃんと、かつ山くんが、
「みきちゃんの家、行ってもええ?」
って聞いてきてん。
「あかん。おにいちゃん、べんきょうのじゃますな、言うし」
それは、ちょっとほんま。
おにいちゃん、うちがちょっと下でテレビ見とっても、二かいから、
「じゃかましい!」
言うて、どなるねん。
だけど、ほんまのほんまは……。

げんかんに入ったとたん、
「かっとばせーえー、行―け!」
と、おばあちゃんのさけび声が聞こえてきた。
おばあちゃん、また、大阪ベアーズのしあいのビデオ見てる。
「やったー!ホームラン!」
おばあちゃんは、とびあがりそうになって よろこんでいる。
うちは、だまって二かいに上がった。
おばあちゃんは、やきゅうのルールなんて、 何にもしらん。
しってるんはホームランだけ。

しっかりものだったおばあちゃんが、物わすれがはげしくなったり、人をとりちがえたりす
るようになったのは、二年前におじいちゃんがしんでから。
さいしょ、びっくりしたんは、うちと、お父さんの妹のきみ子おばちゃんとを、まちがえた
こと。
「きみ子、十円やるから、おかし買うといで」
って言うて、十円だま、くれてん。
きみ子おばちゃん、もう四十さいなってるのに。

おばあちゃんは、それから、いろんなことをして、うちのかぞくをこまらせた。
「となりのおばはん、うちのさいふ取ったで!」
なんて、しんじこんだ時もあった。となりの人、そんなことしてへんのに。
お母さんがあやまって、むこうの人はゆるしてくれたけど。
もし、ひろみちゃんと、かつ山くんが、うちの家に来たら、こんなおばあちゃんを見られる
ことになる。
そんなん、いやや。
ぜったい、いやや。

つぎの日、学校から帰ってきたら、ベアーズのビデオの音も、おばあちゃんのおうえんする
声も、聞こえてけえへんかった。

おかしいな、と思って、ふすま開けてみた。
「あっ!おばあちゃん、おれへん!」
たいへんや!また、どっか行ってしもた!
二ヶ月くらい前から、時どき、おばあちゃんは、
ふっと、どっか行くようになった。
それが、あてもなく、けっこう遠いところまで行くので、さがすのん、たいへんなんや。

うちは、あわてて、おばあちゃんのぼろぼろのもうふと、ぼこぼこのなべとをさがした。
どこにもない。
おばあちゃんは、どっか遠いとこ行く時は、かならず、このぼろぼろもうふと、ぼこぼこな
べを持って出かけるんや。

げんかんを出たところで、買い物帰りのお母さんとはちあった。
「たいへんや、おばあちゃん、また、もうふとなべ持って、どっか行ったで!」
「いやー、ちょっと、やおやに行ったすきに出てんな。かなわんわー」
お母さんは、どっとつかれた声を出した。

うちと、お母さんと、それから学校から帰ってきたおにいちゃんとで、あちこち、おばあち
ゃんをさがして走った。
知らん人に、
「このへんで、もうふとなべ持ったおばあさん、見かけませんでしたか?」
って、聞いたら、ぷっと、ふきだされた。
わらいごとと、ちがうで。

外は、だんだんくらくなってきた。
おばあちゃん、まだ、見つかれへん。
「うちのせいや。ひろみちゃんらに、おばあちゃん、見られとうない、なんて思うたからや」
なみだが出てきた。

その時、
「みきちゃん、何してんの」
と、声をかけられた。
ひろみちゃんと、かつ山くんやった。じゅくの帰りや。
思わず、うち、
「うちのおばあちゃん、おれへんようになってん。いっしょにさがして!」
と、さけんでた。

それから、ひろみちゃんと、かつ山くんは、
「このへんで、もうふとなべ持ったおばあさん、見かけませんでしたか?」
って、うちらと同じように、おばあちゃんをさがしてくれた。
ほんま、いっしょうけんめいになって、さがしてくれた。
そして、やっとさいごに、大学生くらいの男の人が教えてくれた。
「そのおばあさんやったら、公園の前のバスていで、見たで」

おばあちゃんは、その人の言った通り、バスていのベンチのとこに、ぼんやりすわっていた。
「おばあちゃん、家帰って、ベアーズのしあい、いっしょに見よ」

おばあちゃんの、かたが、ぴくっと動いた。
「そうやな。ほんま、今年は、ベアーズ強いさかい。おじいちゃんにも見せてやりたかった
な」

そうやったんや。
おばあちゃん、ベアーズファンやったおじいちゃんのこと思って、おうえんしてたんや。

帰り道で、ひろみちゃんが、おばあちゃんに聞いた。
「その、もうふと、なべ、何でそんなに大じなんですか?」
それ、うちも知りたい。
「これな、およめに行く時、おばあちゃんのお母さんが、もたしてくれたやつやねん」
それも、うちの知らんかったことや。
ひろみちゃんらのおかげで、おばあちゃんのこと、もっとわかった。
ほんで、もっと、おばあちゃんのこと、大じにしたくなった。

その日いらい、ひろみちゃんと、かつ山くんは、
しょっちゅう、うちの家に来る。
おばあちゃんといっしょに、ベアーズのビデオを見て、おうえんするときもある。
うち、思ってん。
おばあちゃんのこと、へんやって言う人、おるかもしれへん。
でも、おばあちゃんみたいに、
長いこと生きとったら、
ええ時も、わるい時も、あるやろって。
うち、ぜんぶひっくるめて、
おばあちゃんのことがすき。
大すき。