団体貸出



「ひだまりのなかのふうせん」
及川 なみき

 

 「あそびにきたよ!」
  しょうがっこうがおやすみのある土よう日、リナちゃんがママのはたらいているデイサ
ービスセンターにげんきいっぱいかけこんできました。
  ここはおじいちゃんやおばあちゃん、ほかにもからだにしょうがいをもった人たちがい
っしょになって一日をすごす小さないえです。リナちゃんはしょうがっこうにあがる前か
ら、ママにあいたくてなんどもここへあそびにきていたので、そこにいるおじいちゃんも
おばあちゃんも、ずっとまえからなかよしでした。
「リナちゃん、あんまりながくきてくれなかったから、バアちゃんはさみしかったよ。」
「おおきくなったなぁ。がっこうはたのしいかい?」
  口々にかけてくるおじいちゃんやおばあちゃんのこえに、リナちゃんはくすぐったそうに
わらいました。
  でも、今日のリナちゃんには、とっておきのおたのしみがあったのです。それはいつも
のように、だいすきなはらだのおじいちゃんのハーモニカにあわせてうたをうたうことで
はなくて、このまえママにかってもらった、あかいふうせんをおじいちゃんといっしょに
つこうと思っていたのです。
  ぷうぷうとまっかなかおでふうせんをふくらませて、リナちゃんははらだのおじいちゃ
んにいいました。
「おじいちゃん、いくよ。」
  おもわず、見ていたしょくいんさんが、“まって”と口をはさみそうになりました。だっ
て、リナちゃんはまだ小さかったから気づいていなかったけど、はらだのおじいちゃんは
ほんとうは目がみえなかったのです。今までずっとリナちゃんをよろこばせるために、は
らださんはリナちゃんのまえでは目が見えるふりをしていたのです。
  ふうせんはふうわりふわり、やがてはらだのおじいちゃんのおでこにコツンとあたって、
リナちゃんの方にもどってきてしまいました。
  はらだのおじいちゃんもおどろいて、おもわずとび上がってしまいました。
「リナ、はらださんとふうせんじゃなくて、うたをうたったら?ね、そうしましょう。」
あわててママがかけよりましたが、はらだのおじいちゃんはにっこりやさしくいいました。
「リナちゃん。もう少し上とか、もう少しまえとか、ふうせんがどこにあるかを口でおし
えてくれたら、ボクでもうてるとおもうんだけどな。」
「わかった。」
リナちゃんはうなずき、もういちど、はらだのおじいちゃんにふうせんをなげました。
「おじいちゃん、いったよ。おじいちゃんのあたまの上、ほら、おちてくる!」
「ここかー!」
ぽーん!はらだのおじいちゃんは、いきおいよく、ふうせんをみぎのてではじいてみせま
した。ふうせんはかぜにのって、リナちゃんの方にかえってきました。リナちゃんはキャ
ッキャとよろこび、はらだのおじいちゃんはてれくさそうにわらいました。
  そのふたりをまえに、しょくいんさんはたがいにかおをみあわせました。そして目が見
えないからふうせんつきはできないなんて、さいしょからかんがえてしまったじぶんたち
をはずかしくおもいました。目が見えなかったら口でつたえればいい。それに、目と目を
合わせることができなくても、こころとこころをかよい合わせることって、こんなにかん
たんだったのです。
  それから、にぎやかにふうせんつきはつづきました。
「みぎにいったよ、みぎ、みぎ!」
「うしろ、うしろ!はらださん!」
気がつけば、しょくいんさんやほかのおとしよりまで大きなこえをあげ、いっしょにふう
せんつきをたのしんでいました。
  もしかしたらリナちゃんは、はらだのおじいちゃんの目が見えないことをほんとうはし
っているのかもしれません。だけど、リナちゃんがそれを口にしたことはいちどだってあ
りませんでした。きっとそんなことはリナちゃんとはらだのおじいちゃんのあいだでは、
ちっぽけなことだったのでしょう。
  それからもリナちゃんは、気がむいた土よう日には、
「あそびにきたよー!」
とあのげんきいっぱいのこえでデイサービスにかけこんでくるのでした。
  リナちゃんがくると、この小さいいえのくうきが、はるの日だまりのようなにおいにか
わるのも、おもえばふしぎなことでした。