団体貸出



「○(まる)」
藤木 コズエ

 

 ぼくはアキラ。小学一年生。学校が大すき。でも○(まる)に出会うまでは、大きらいだったん
だ。
  入学したてのころ、ロッカーやくつばこの場しょとか先生や友だちの名前とかおぼえな
いといけないことがいっぱいあった。はじめての学校は、新しい人やものがいっぱいあふ
れていて、毎日とても大へんだった。
  ある日のこと。ロッカーの場しょがわからなくて、ランドセルをもってぼんやりしてい
たら、「はやくしてね」って先生にいわれた。あわてて、あいているところに入れたら「こ
れからは、はやくしようね」って先生がいったので、ホッとした。
  でも、その次の日もわからなかったんだ。そしたら「どうしてさっさとしないの。一年
生なのよ」っておこられた。
  ぼくは、がまんできなくなって「ぼく、ばかだから」っていったら、先生は、「そんなこ
とないわ。がんばったらできるから」っていったんだ。でも、ぼく、がんばってないのか
なあ。がんばるってどうすることなのかなあ。ぼくには、わからなかった。
  べんきょうがはじまってもっとわからないことがあった。それは右とか左とかってこと。
右手をあげてとかいわれてもわからなかったんだ。字を書く時も、左から右へっていわれ
るんだけどどうしても反対に書いてしまうんだ。「左はこっちでしょ」って先生がいうんだ
けど、右は?・左は?って考えれば考えるほどわからなくなってしまうんだ。
  毎日わからないことだらけでぼくの心は、ぺっちゃんこだった。だから、ぼくは学校が
大きらいになったんだ。
  あの日、○(まる)と出会った日も学校へ行くのがいやだなって思いながら歩いていたんだ。そ
したら「アキラくん。おはよう」って声がしてふりむいたら、女の子が立っていた。
「わたし、ヒロコ、同じクラスの」っていった。ぼくは、ヒロコっていわれてもわからな
かったけど。ヒロコは、しんぱいそうに「アキラくんは、どうして右・左がわからないの」
って聞いてきた。「右・左って考えると頭の中がぐちゃぐちゃになるんだ」って話した。
  そしたら、「わたしとおんなじ。だからわたしは、右の手のひらにしるしをつけてるのよ」
っていって、手のひらを見せてくれた。○(まる)のしるしがあった。そして、ヒロコはぼくの右
の手のひらにも同じように○(まる)をかいてくれた。そして○(まる)は右、○(まる)は右って呪文のように唱えてくれた。ぼくも心の中で、○(まる)は右、○(まる)は右って何度もくりかえした。
  「これでだいじょうぶ。わからなかったら、手をみてね。○(まる)は右ね」というヒロコの声に
うなずいて、顔をあげたら、ヒロコはぼくを見てわらっていた。ぼくもわらった。
  その日からなんかふしぎ。あんしんして、いすにすわってられるんだ。それに、反対に
書いていたひらがなもまちがえずに書けるようになったんだ。なかなかおぼえられなかっ
た友だちの顔も、わかってきたんだよ。もちろんヒロコの顔を一番におぼえたけど。
  先生も「このごろアキラくんがんばってるね」って言ってくれた。ぼくは、うれしくてヒロコ
の○(まる)のことを話した。そしたら、先生は、おどろいたような顔をして、「そう、○(まる)っていい
作せんね。先生もいろんな作せん考えるわね」といった。それから、先生はぼくがわから
ないことにぶつかったら、作せんをいろいろ考えてくれるようになったんだ。
  だから、今、ぼくは学校が大すき。いろいろしっぱいはするけど、楽しいもの。ところ
で、ないしょの話だけどぼくの手のひらには、まだ○(まる)があるんだよ。ほうら、○(まる)。