団体貸出



「しあわせな休日」
坂東 朝子

 

 たくさんの緑に囲まれた美しい町がありました。日曜日になると町の人たちは、自分た
ちの好きなお菓子や紅茶を持ちよって、のんびりとした時間をすごします。僕たち、ゆう
きとせいぎも、得意のハーモニカと踊りで皆を喜ばせ、歌をうたい、楽しい一日を過ごす
のでした。
  その様子を空から見ていた悪魔が、「気に入らない。何だってこの町はこんなに幸せそう
なんだ。オレ様は、平和ってヤツが大嫌いなんだ。」こうさけぶと、大きな黒い雨雲が空を
おおい、あっという間に真っ暗になって大粒の雨が降りだしました。皆、荷物をかかえ、
あわてて家へと帰ってゆきました。
  雨がすっかりやんだ後、広場には、レンガ造りのパン屋さんができていました。皆、不
思議に思いながらも、その焼きたてのパンの香りは、胸がわくわくする程おいしそうで、
早くパンがほしくてほしくてたまらなくなりました。遠くの方からも、人々がやって来て
長い行列を作りました。行列がどんどん進んでゆくと、突然、店の主人が大声をあげまし
た。「お前は川の向こうの者だろう。帰れ。川の向こうの者には、パンを売らないぞ。」ど
なられた女の子は、訳がわからず、くやしさで涙をポロポロ流しながら帰ってゆきました。
その後も、この店の主人は、お金持ちには、ふわふわのやわらかい大きなパンを売り、少
しの畑しかもたない者には、ごわごわの固いパンを売りつけました。さまざまな理由をつ
けては、固いパンしかもらえなかった人はいつしかみじめな気持ちになり、「何もしていな
いのになぜだろう。」と暗く落ち込んでゆきました。それでも、このパンのにおいにつられ、
行列はとぎれる事はありませんでした。
  その頃から、この町に変化があらわれました。「やーいパンを売ってもらえなかったろ
う。」子どもたちがからかいます。「おいしいパンがほしければ、言う事を聞けよ。」あちこ
ちで争いが絶えなくなってしまいました。あの幸せな日曜日はどこへ行ってしまったので
しょう。ゆうきもせいぎもこの町の変化に驚き悲しくなってしまいました。「フッフッフッ
やったぞ。パン一個でこんなにも、人はみにくくなるんだ。」
  物かげから見ていた二人はビックリしました。だってあのパン屋の主人の正体は、悪魔
だったんだもの。「そうか全部アイツの仕業だったんだ。みんなに知らせなくっちゃ。」「ま
てー」悪魔に見つかってしまいました。「それ逃げろー。」二人は走り出し、それを悪魔が
追いかけます。その時、「わぁーっ」石につまづいて、悪魔は足をケガして動けなくなって
しまいました。ゆうきが悪魔をヒモでしばり、せいぎが町の人たちを呼んできました。人々
はくちぐちに悪魔をせめました。けれど悪魔は一言、「オレは気に入ったヤツにやわらかい
パンを、気に入らないヤツに固いパンを売っただけだ。その後で、勝手に差別したり、争
ったりしたのは、お前たちの方だろう。」
  皆シーンとしてしまいました。「そうだよ。僕たちまで、悪魔にのせられて、偉そうにし
たり、人をバカにしたりしちゃいけないんだよ。」「でも、もう二度と悪魔が来られないよ
うに、もっともっと仲よしの町にならなきゃね。」
  せいぎはハーモニカをふき、ゆうきは踊ります。人々は照れくさそうに歌をうたい、久
しぶりに、幸せな日曜日がやってきました。
  悪魔はどこへ行ったのでしょう。皆の正義の心に負けて、体は溶け、土の中へすい込ま
れていってしまったのです。