団体貸出



「みぞごに落としたらいかん」
谷間 展法

 

 けんたくんは、ぼくにはなしかけてくるけど、なにいうてるか、ようわからん。赤ちゃ
んみたいにモゴモゴいうてるだけで、言葉はちっともわからへん。
  やから、ひろしくんやえみちゃんやよしきくんは、
「けんたくんにしゃべりかけられるとイライラするんや。いやな気分になってしまう」
といって、けんたくんがちかづいてくるとにげていく。ぼくも、ちょっとイライラするか
ら、なるべくそばによらんようにしてる。
  そんなある日、ぼくは、家へ帰るとちゅうのみぞごに、かばんを落としてしまい、それ
を拾おうとして、落ちてしもうた。みぞごは深くて、ぼくはでれんようになってしもうた。
「おーいっ、誰か、助けてくれーっ」
とさけんでみたけど、みんなどこかで遊んでいるんか、誰も助けにはきてくれへん。時間
はどんどんすぎていって、ぼくはこころぼそくなった。
「誰でもええからおらんか?話しかけてくれ。ぼくはここにおるんや。こんなところで、
ひとりぼっちはたえられへん」
  ぼくは、もう半分泣いていた。そこに、けんたくんがとおりかかった。
「おいっ、けんたくんっ。助けてくれ。ここからぼくを出してくれっ」
ぼくがいうと、けんたくんは、いつものように口をモゴモゴさせました。
「ぼ、ぼくひとりでは、む、無理や。け、けど、だ、だいじょうぶや。い、いま、誰か、
呼んで、く、くるから」
けんたくんはいっしょうけんめいに、そういうと、どこかへかけていきました。
  その時、けんたくんの気持ちって、いつもこんな感じなんやないかなぁと思った。深い
みぞごのようなところで、上を見上げて、誰か来てくれんかな、誰か助けてくれへんかな、
誰か話しかけてくれへんかな、と思っている。けど、誰も来てくれへんし、助けてくれへ
んし、話しかけてもくれへん。それってつらい。自分は、ここにおるんに、おらへんのと
同じや。そう思うと、さっきとはちがう涙がでてきた。
  その時、けんたくんがやってきた。その後ろに、みんなの声もきこえる。
「良かった、助かった」
ぼくは涙をふいた。みんなは力を合わせて、ぼくをみぞごから出してくれた。
「ありがとう」
ぼくは頭を下げた。するとひろしくんが、
「お礼は、けんたくんにいうんやな。けんたくんがみんなをあつめたんや。一人ひとりに
声かけてな」
といって、けんたくんを見た。
「けんたくん、ありがとう」
ぼくは、けんたくんに頭を下げた。けんたくんは、いつものように口をモゴモゴさせた。
でも、いつもとちがって、なにをいうてるかわかった。
「だって、友達やないか」
そういっていた。ぼくは、今まで、けんたくんが、ちょっとだけぼくらとちがうしゃべり
方をするというだけで、なにをいうてるか聞こうとしてなかった。でも、こうやってきち
んと聞けば、わかる。それは、多分、心で聞くということなんやと思う。
「そうやな。ぼくら、友達やもんな」
ぼくはわらった。けんたくんもわらった。ぼくは、わらいながら、みぞごを見た。もうけ
んたくんをあそこに落としたらいかんと思った。

※「みぞご」とは愛媛の方言で、「溝」を意味します。